【世界遺産考察】明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業

世界遺産検定1級合格を目指して、勉強を始めました。

勉強の成果をアウトプットするため、気が向いたときに、このブログ上でそれぞれの世界遺産物件を掘り下げて考察してみようと思います。

今回掘り下げてみるのは、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」。

基本情報

この遺産は、明治以降の日本の近代化を語るうえで重要な役割を果たした産業遺産群です。

登録は2015年。

登録基準としては(ⅱ)と(ⅳ)が認められており、日本の文化遺産としてはメジャーな登録基準です。

(ⅱ)の要素としては、ヨーロッパの先進諸国の技術を取り入れたという点だけでなく、ヨーロッパのアジアにおける拠点である上海や香港に向けて、石炭輸出したという点もあります。

(ⅳ)の要素としては、近代化をわずか50年程度で達成したという点に注目です。

特徴は福岡、長崎、佐賀、鹿児島、熊本、山口、岩手、静岡という8県もの広範囲に点在するシリアル・ノミネーションとして登録されていること。

また、稼働中の資産も含まれているため、内閣官房の推薦によるということも特徴です。

考察

より深く理解するためのキーワードは産業革命と明治維新。

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産業革命

産業革命が進むメカニズム

産業革命について理解する上で、この本がとても面白く、読みごたえがありました。

いわく、産業革命が他の国ではなくイギリスで発生した理由は、イギリスの高賃金とエネルギーの安さにあるとのこと。

同じ成果を得られるならば、賃金の高い労働者を雇って行わせるよりも、安いエネルギーを使って機械にさせた方が得だという、経済的な力が働いたということです。

ひとたび機械の導入という抜本的な変化が起こると、今度はその機械の効率をより高めるための継続的な改良が行われます。

この改良は、投入するエネルギーに対して得られる成果をだんだん大きくするものです。

その方向に進んでいったあるとき、イギリスほど高賃金でなくエネルギーも安くない他の国にとっても、その機械を導入したほうが経済的になるタイミングが訪れます。

その時に、他の国にも技術が取り入れられるというわけです。

日本の賃金考察その1

このことを考えると、明治の日本で機械の導入が進んだということは、日本の賃金はそれなりに高く、エネルギーはそれなりに安かったということが推察されます。

しかし、直前の時代までは鎖国していて、貿易もあまりなくてGDPも低かっただろうに、どうして賃金が高かったのかは気になります。

実は鎖国しつつも貿易はあったんでしょうか。

あるいは内需だけで高いGDPを生み出していたということも考えられます。

前述の本によると、農村部の人口に対して都市部の人口が多く、農業従事者が少ないほど、経済としては発展しているということです。

士農工商という身分制が確立していたことや、当時の江戸の町の発展を想像するに、農業従事者の割合は他の国に比べて低く、GDPひいては賃金が高かったのかもしれません。

このあたりは別の情報にもあたってみたいです。

日本の賃金考察その2

ここまで賃金考察を進めてみて、もう一度本を読み直してみたら、日本での産業革命における賃金の問題については日本語版序文ではっきり書かれていました。

いわく、日本は他のアジアやアフリカの国と同じく低賃金であったということです。

しかし、他の国と違い導入した技術に改変を加えることで生産性を上げて、低賃金であっても費用対効果が出るようにすることで、対処してしまいました。

これは極めて独創的な展開だということです。

まさに世界遺産としてふさわしいとも言えます。

日本のエネルギー価格考察

産業革命を進めるもう一つの要因である、廉価なエネルギーという点についても考えてみます。

石油や天然ガスが主要なエネルギーとなっている現代から考えると、日本のエネルギー価格が安いなんてまったく思えませんが、明治当時のエネルギーとして開発されていたのは石炭まででしょう。

当時は石炭を輸出するほどだったようで、石炭については当時の需要に対しては豊富に産出されていたと考えられます。

需要と供給のバランスで価格が決まるという経済の原則から考えると、きっと当時石炭は安かったんでしょう。

その点では産業革命が進んだのは納得です。

産業革命の期間の考察

産業革命が初めに起こったイギリスにおいて、その始まりは18世紀後半から19世紀前半であり、終わりは1830年あるいは1850年とされます。

長く見て100年、短く見て50年の期間といったところでしょうか。

こう考えると、日本がわずか50年で近代化したというのは、実は奇跡的な速さでもないのかもしれません。

他の国の技術をベースにするので、後追いの方が有利な部分もあったでしょう。

ただし、技術の導入に限っての話なので、社会制度まで含めての近代化を50年で達成したのはやはり驚くべきことかもしれません。

その点については産業革命というキーワードより明治維新というキーワードで掘り下げた方がよさそうです。

明治維新

さて、産業革命については一通り考察しました。

もう一つのキーワードは明治維新ですが、これについてはまだ勉強不足です。

どこかにいい本ないかな。

まだ勉強不足ですが、イメージだけで語ってみます。

明治維新の舞台としては薩摩・長州にスポットが当たることが多いです。

この記事で触れている世界遺産の物件としても、構成資産のうち9件が九州に存在しています。

なぜ九州が明治維新をリードしたのかという点は特に気になるので勉強したいところです。

また追記していきます。

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